2017-06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キスはいつも優しく。

夕日が最後の光で都会の雑踏を照らし、今まさに消え去ろうとする頃。
あたしは駅の東口にいた。

彼が出てくるはずの改札の前にはキオスクの売店があり、その売店の横のピンク色した公衆電話に、隠れるようにして彼を待っていた。
ぼんやりと、ちびたサンダルのつま先を眺めながら。
今日、履く予定なんてこれっぽっちもなかった、白いサンダル。

サーファーカットの髪は念入りにブローしてきたし、ついこの前、国立駅のまん前の店で買ったティアードスカートは、辛子色に白い水玉模様で、あたしのお気に入りだ。

本当言うと、背中の開いたこの黒いTシャツには、同じ黒のピンヒールを履こうと決めていたのに、お化粧に時間がかかって、気がついたときには家を出ようとしていた時刻をとうに過ぎてて、慌てて家を出てきたから、こんなアンバランスなサンダルを履いてきちゃったんだ。

その白いサンダルは、ワンマイルウェアがちょうど似合いそうな、踵がぺったんこの安っぽいものだった。
せっかく、彼との初デートでキメてきたかったのに、何だかこのサンダルのせいで、今日のデートがすべてぶち壊しになったような気がしていた。

案の定、約束の7時10分前を過ぎても、彼の姿は改札から出てこなかった。

「きっと仕事で時間が押してるんだ」

そう思いながら、あと5分、あと10分、とじりじりしながら彼を待っていた。
夏の夜も7時を30分も回ると、あたりはもう暗くて、あたしの気持ちにも暗澹とした黒い雲が覆っていく。

時間、間違えてないよね?
日にちは、絶対今日だったはずだよね?

相変わらず姿を見せない彼を待って、どんどん不安が膨らんでいった。
電車がつくたびに、改札から吐き出されるヒトの群れ。
その中に、あの精悍な彼の横顔を見つけることはできない。

・・・とうとう、約束の時間から1時間がたった。

あたしはまるで叱られた子どものように、俯いたまま、とぼとぼと切符売り場に歩いていった。

100円玉をコイン投入口から入れようとしたそのとき、はぁはぁと息を切らせながら、あたしの名前を呼ぶ彼の声。
振り返って彼を認めたとたん、涙が溢れてきて、何も見えなくなった。

「遅い・・・っ!1時間も待ったんだよ!」

「ごめん・・・」

「帰ろうと思ったんだよ!」

「でもさ、お前、なんで東口なんかに居るの?俺、中央口って言ったよな?」

・・・ぇ?

べそをかいてたあたしは、駅の出口を間違えて待っていた自分の勘違いが可笑しくて、そのうち泣き笑いになった。
そんなあたしの髪をくしゃくしゃにしながら、笑う彼。
そう、彼の笑顔があたしは大好きだったんだ。

そのとき、彼はあたしより七つ年上の専売公社(現日本たばこ)に勤めるサラリーマン。
あたしは、短大の2年生だった。

卒業する先輩のバイトの後釜として、紹介されたバイト先の彼を意識するようになるには、それほど時間がかかったわけじゃない。
販売統計の作表の校正をしている、あたしたちアルバイトのスペースには本棚があった。
そこに並べられた作業資料を何度も探しに来る彼が、資料ばかりを探しに来てるんじゃないってことに気がついたのと、彼を意識するようになったのは、たぶん同じ頃だ。

それから、他のバイト仲間といっしょにランチの後のお茶に誘われるようになり・・・
誘われるのが、そのうちあたし一人になって、彼の気持ちがわかった。

仕事中はつまらないジョークで、相手の気持ちを何気につついてみたり。
彼の同僚の女性が、彼にひそひそ話をしているのを見ると、さりげなく嫌味を言いたくなったり。
どんどんあたしの気持ちも彼に傾いていった。

そして、今日の初デートになったわけ。

中央線のこの駅から、ほんの5分も歩くと植物園がある公園に行ける。
近くの店で、えーと・・・あれは「不思議の国のアリスの店」って名前の店だったかな?

レストランと喫茶店の中間のようなその店で、ビーフシチューでディナーをとったあたしたちは、店を出ると、その公園を目指してゆっくりゆっくりと歩いていった。
途中から握られた手が、熱くて、このまま溶けていってしまいそうだった。


夜の帳のなかで、気にしてた白いサンダルは、さほどみっともないわけじゃなく、足元がかすかにわかるほどに白く光っていた。
そのとき、ちょっとだけピンヒールを履いてこなくて良かった、って思った。
だって、ピンヒールは7センチもあって、背のあまり高くはない彼と並んだとしたら、きっと気になってしまうから。

彼は、池の周りに点在するベンチのひとつにドカっと座り、
「はい、ここ!指定席!」
と、彼の隣にあたしを座らせる。

座ったとたんに、彼の腕があたしを抱き寄せる。

「ちょ、ちょっと待って。」

「なによ。」

「ココロの準備が!」

「ココロの準備?」

彼が笑った。

がくがくする膝の震えを悟られまいと、結構気丈に振舞うあたし。

「そっか?」

胸ポケットから、発売したばかりのセーラムを口に加えて、ライターで火をつける彼。

巻きついた腕がするりとなくなってしまった痛みは、自分の「待って」のせいなのに、堪らなく胸を切なくさせる。
二人並んで座っているのに、ぽつんと一人ぼっちに置いてきぼりされたような気がして、とても寂しくなる。

「オトコのヒトはいいよね。」

「なんで?」

「こういうとき、タバコが吸えるもん。」

「じゃ、ガムでも噛んだら?」

ペパーミントの香りがするガムを、するっとあたしの口に加えさせて、自分はまた紫煙をくゆらせる。

憎いやつ!

その横顔を盗み見ながら、ガムを音がしないように噛むあたし。

ほんのちょっとでも、くちゃくちゃとか音がしたら、この静かなひとときが壊れてしまいそうで。
息をつめながら噛むガムって、ちっとも美味しくなんてなかった。

そんなことを思いながら、仄かに明るい池を眺めていると、いきなり顎のとがったあたりを引き寄せられて、彼の唇を感じた。

やさしく、彼の唇があたしの下唇を噛む。

ほんの少し、タバコの匂いがするキス。

あたしは抗うこともせず、抱き寄せられたまま彼の肩に頭をもたれて、自分のどきどきが彼の鼓動と重なっていくのを静かに聴いていた。



あの、二十歳のファーストキス。

誰かと比べようなんて思わないけれど、あたしが一番幸せだった初めてのキス。

あれから、何度も恋をして、笑って、泣いて、ひと通りいろいろ経験したけれど、実らなかった恋ほど、懐かしく思い出されるもの。
自分の中で、終わってないっていうか、お終いにできない切ない思いを、ほんの少しの痛みを感じながら思い出している。
スポンサーサイト

NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

Myself

大好き! (c)ミントBlue
* name : yell
* my love
 かんちゃん(オット♂) 姫(大①♀) 王子(高②♂)
 美味しいごはん/フィギュアスケート/ベッドで小説
* THANKS LINK
* BBS
* 「応援!働く『ままん』たちへ」

クリックよろちく♪
にほんブログ村 主婦日記ブログへ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ

ENTRIE&COMMENT

アーカイブ

CATEGORY

BOOKMARK


yell's style*をブックマークする?

QRコード

QR

SEARCH

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。