2010-01

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四十九日。

早いもので今日は兄の四十九日の法要でした。
実際の四十九日は1/27になるのだけれど、一足早く、今日の日曜日に法要を済ませることにしたのです。
法要と同時に納骨も行いました。

四十九日までは亡くなった兄もまだわたしたちの傍に居るんだと聞いてはいましたが、夕べ神奈川から法要のために帰省した兄の長女Mが前日に夢を見たそうです。

Mが言うには、夢の中で兄はずっとMに
「済まない」「済まない」
と平身低頭して謝っていたそうです。
Mが
「お父さん、何を謝っているの?」
と訊いても、兄はずっと謝っているだけ。

Mは、「お父さんは何を謝りたいだろう、それとも自分自身がお父さんに何か謝って欲しいことがあったのかしら?」
何も思いつかないので不思議だと言います。

「長生きできないで、早く逝っちゃってごめんね、ってことなんじゃない?」
とは言ったものの、実際に眠った気がしないほど長い夢だったとMが言うので、Mの潜在意識の中に何かそういったこだわるようなことがあるのかな、とも思いました。

それにしても取り敢えず納骨が済んだことで、わたしたち遺族の気持ちにも一区切り。
悲しんでばかりもいられないから、前に進んで行かないとね。
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兄の闘病メモ(4)

2009年12月10日
 王子の12歳の誕生日。
 夕方帰宅したらすぐに誕生パーティが出来るように、朝からバースディーケーキの台を焼く。
 オーブンで焼きっぱなしで、帰宅したらデコレーションをしよう。まずは早く出勤の用意をしなきゃ。働くままんの朝は忙しい、忙しい…

 8時過ぎに電話が鳴る。義姉だ。
 「あのね…」
 あのね、の後の言葉が続かない。涙を飲み込みながら、声を絞り出すように出しているのがわかる。
 「あのね…今、病院から電話があったんだけど、夕べから具合が悪いらしくて…先生がモルヒネを使いますけどいいですか?って…」
 「…うん。」
 「でね、お願いしますって言った…」
 「…うん…」
 「でもね…モルヒネ使うと少し早まります、って…」
 「…うん…でも痛がってるんだから、痛くなく逝かせてやろう…」
 その後は、義姉の泣き声と「今日はひとりじゃ行けない…行きたくないのぉ…」という言葉で、わたしも胸が詰まってしまい、涙ばかりが流れていく。
 「お義姉さん、わかったよ。あたしも行くから!仕事にちょっと行って、すぐ用意して戻ってくるから待ってて!」

 わたしはすぐに職場に出勤し、進行中の仕事と保留中の仕事を職場のみなさんにお願いして、すぐに義姉の家へ向かった。
 意外なことに、義姉の家には義姉の友人Nさんが来ていて、義姉の家の不要なダンボールや新聞紙などをNさんの車に積んで、処理場に運ぶようにとゴミの処理をしていた。聞けば偶然にNさんが義姉の様子を見に家にやって来て、義姉の様子を見かねて、病院に行く前に溜まったゴミ出しを手伝ってくれたらしい。
 義姉も朝の電話よりは落ち着いていて、Nさんがゴミを持っていってくれた後、何か感じるところがあったらしく、和室の積みあがった荷物を、2階に運んで片付けたいと言い出した。

 兄が溜め込んでいたPC関係や音響関係の機材を、2階やら押入れの中に片付けること小1時間。
 義姉が「もしものことがあったら、お布団は2階の小上がり、着せる和服は子ども部屋にあるからね。」とわたしに家の鍵を渡しながら言う。
 もしものこと、とは兄の急変のことだけど、やっぱりそこまで考えているのか、とわたしも緊張する。

 義姉の車で、やっと病院に着いたのは11時。
 二日前に移った個室の扉をそっと開けて、義姉が元気を装って声をかける。
 「お父さん、遅くなってごめんね。こんな時間になっちゃった」
 わたしも急ぎ足でベッドに横たわる兄の背中から、兄の顔をのぞいた。
 「なんか…今日はすごく具合…悪い…」かすれた声で、兄が搾り出すような声。
 黄疸が進んで、真黄色になった兄の顔は苦痛でゆがんでいた。
 ほんの二日前には、個室に移って、やっとではあるけれど一人で何とかトイレにも行っていた。その兄が…

 兄の向かい側から兄の様子を窺っていた義姉が、
 「yellちゃん、Mちゃんに連絡取りたいの。」
 長女を呼びたいということだろう、すぐに病室の外へ出て、携帯で兄の長女Mに連絡を取る。
 しかし、Mは薬局の薬剤師で、忙しいのだろう、携帯には出なかった。何度鳴らしても出なかった。
 急いで病室に戻り、義姉の携帯を借りてMが勤める薬局の本部に連絡を取る。
 「Mの叔母ですが、家族が具合が悪くなったので、急いで連絡をとりたいんです!」
 こちらの勢いにびっくりしたのか、電話を受けた本部の方は、慌ててMに連絡をとってくれた。
 「yell姉、ごめんね。お父さん?」
 「そう。ちょっと具合が急変しちゃった。でも慌てないで来るのよ。大丈夫?来られる?」
 「うん、この前、先生と同僚にはもう話してあるから、すぐ出る。このまますぐ出るから。走って行くから!」
 Mの勤め先は横浜。横浜から東京まで、東京から上野、上野から日立まで、どんなに頑張って来たって3時間以上はかかるだろう。それまで兄が持ってくれればいいけど。

 病室に戻り、姉にMと連絡がついたことを言うと
 「お父さん、Mちゃん、もうすぐ来るからね」と兄に話しかける。
 「ん?…ああ」と兄。
 Mが見舞いに来るのは土曜日だと言ってあったのに、兄は今が緊急事態だと知っているのか、あまり不思議そうにも訊き返さなかった。
 そう、まだ今日は木曜日。

 全身が癌の痛みで我慢できずに、何度か手を貸して起き上がった兄。
 ベッドの上に座ると、上体を右や左にふらふらと動かす。
 「どうしたの?ふらふらする?」と訊くと
 「バランス」と言う。
 そうか、背中や腰が痛くて、軽く運動をしているつもりらしかった。
 今日の兄は、文章にならない単語だけを話す。それだけ具合が悪いのだろう。
 それなのにまた横になった兄は、左腕を右手でなぞりながら、わたしに言うのだ。
 「ほら…見てみ…こんなに…細くなっちゃった…」
 「そうだね…スマートになっちゃったね…しょうがないよね、点滴の栄養だもんね…」
 そう言いながら、わたしは苦しくなって、涙を飲み込んだ。
 本当なら抗がん剤治療で、もっと生きられたはずだよね。本当ならまたもう一度、仕事にも行けるはずだったよね。

 今まで使っていた痛み止めがなくなりかけて、看護師さんが義姉に注射器を見せてクスリの名前を確認させる。
 そう、モルヒネを使うのだ。
 これで後戻りできなくなるんだ。でも痛みはなくなるよね、きっと。

 何度か起き上がったり横たわったりを繰り返していた兄は、
 「あのさ…」
 と言い掛ける。
 でも、その後の言葉がしばらく出てこない。
 義姉と二人で、顔を見合わせて「?」
 「ん?何?」と訊いてみる。
 またしばらく間が空いて…「何だっけ……忘れちゃった…」
 兄は何を言いたかったんだろう。

 しばらくして兄が義姉に
 「あれは…?」と言う。
 「なに?」
 「グレープフルーツ…」
 「お父さん、ごめんなさい。今日は持ってこなかった」
 食べても食べなくても今までは毎日持ってきていたフルーツを、前日から具合が悪くて兄が食べたくないと言っていたから、この日に限って義姉は用意して来ていなかった。
 「お義姉さん、あたし売店見てくるよ。」
 いつか病院の売店でフルーツの盛り合わせのパックが置いてあったり、袋詰めの果物を置いていたこともあったので、すぐに売店に行ったけれど、やっぱりグレープフルーツはなかった。
 「お義姉さん?みかんしかなかった…」携帯で連絡を取ると、兄は、だったらいい、と言ったらしい。
 近くのコンビニにあるかもしれない、という義姉の言葉で、わたしは病院の外に駆け出した。
 でも、そのコンビニにもやっぱりなかったのだ。
 
 どうしてだろう。
 その時、わたしはどうしても兄にグレープフルーツを食べさせてあげたかった。
 あんなに苦しい息で、グレープフルーツを食べたいと言った兄の小さな願いを叶えてあげたかった。

 それから一番近いスーパーまで走る走る…
 近いといっても15分は走ったと思う。そのスーパーに着いたときにはもう12時をとうに過ぎていて、お昼ごはんを買いに来た人たちで混んでいた。
 急いでホワイトグレープフルーツとルビーグレープフルーツを一つずつ買って、携帯で近くのタクシーを呼んで家へ一度戻った。
 グレープフルーツのカットを母に頼み、急いで自分の車を回して病院に着いたときには、もう1時過ぎ。
 そのグレープフルーツを、上体を起こして、いくつも食べていた兄が忘れられない。もう痛くて苦しくて起きているのもやっとのはずなのに、わたしが兄の上体をささえて義姉が兄に食べさせる。
 「おしまい?」
 「もっと…」
 義姉は兄の食べっぷりにびっくりしながらも、嬉しそうに食べさせていたっけ。

 そうこうしているうちに、病室の扉が静かに開いて、Mが入ってきた。
 「え?M?すごい早い~」
 振り返ってわたしが言う。電話してからまだ2時間半。奇跡のような速さだ。
 「そうでしょ?頑張って走ってきたんだよ、お父さん。」
 そう言いながら、兄に向き合ったMの顔がひきつる。
 Mが前回見舞いに来たときには、兄はまだ元気で、Mの地デジのテレビを買う話なんかしてたもの。
 黄疸で憔悴し、目も殆ど開けられなくなっている兄を見たとき、激しく動揺してしまった。

 兄は娘が来たので元気が出たのか、また起きる、と言って上体を起こす。
 「そうだ、お父さん、職場で白衣を着た写真、撮ってきたよ。見る?」
 Mが話しかける。
 うなづいた兄の目の前に、デジカメを出して、白衣姿のMの画像を見せる。
 「お父さん、見える?職場で撮ったんだよ」
 しばらく目の焦点を合わせるようなしぐさをしていた兄は、やっと「うん」とうなずく。
 「お父さん、次はMの職場だよ、ね、見える?」
 薬局の画像を差し出すけれど、兄はまたしばらくしてから
 「見えない…」と言う。
 「そっか…見えないのか…」
 M、涙で顔がくしゃくしゃ。
 
 真っ赤な目で、何を話しているのかわからない状態のMを気遣って、わたしはMを病室の外に促す。
 「Mってば、急いで来たからお昼ご飯たべてないんじゃない?売店でおにぎりでも買って食べようか?ちょっと行こう」
 「うん、お腹空いちゃった」
 Mも調子よくわたしに話を合わせる。

 それまで義姉はMにも、次女のKにも、兄の病気の話を本当のところ話してはいなかった。
 それは、Mの体調を気遣ったり(Mは就職したばかりで、2月には研究発表を控えていて、不眠になるくらい忙しい毎日を送っている)、Kの大学受験のため、話すに話せずにいたのだ。
 病室を出たわたしとMは、ナースステーションの傍の談話室で、それまでの兄の経過と今の状態を話していた。
 すると、兄の担当の看護師さんが近づいてきて、Mに自己紹介し、わたしの話に補足するように、話をしてくださった。
 納得したMが「もう大丈夫、病室に行こう」と言うので、二人で個室に入ろうとしたとき、扉を開けたとたんに、義姉が「yellちゃん、Kを呼んで!」と言う。
 看護師さんに急いで確かめると、兄の血圧が下がってきてしまったらしく、
 「それでは危篤、ということですか?」とわたしが訊く。
 「そうですね、そう言ってもいいと思います…」
 「では、母も呼んだほうがいいですね?」
 「すぐ来れますか?」
 兄はもうだめなんだろうか…MにKの学校に連絡を入れてもらいながら、わたしは母と旦那に電話をし、車を走らせて母を迎えに行った。
 母は門の前で、心細そうに俯いてわたしを待っていた。

 母とわたしが兄の個室に入ったときには、兄の黒目がまぶたのほうに上がった状態で、声をかけると戻ってきたりの危ない状態だった。
 母は大きな声で兄の名前を呼ぶ。
 そのたびにまぶたのほうに上がっていた黒目が下がり、焦点を結ぶような感じだった。

 4時になって旦那が着き、Kが着き…
 そんな危篤の状態だというのに、兄はまた起き上がりたいと言う。
 何度も出入りしている看護師さんが気を遣ってくれて、兄が起き上がったときに楽なようにと毛布を何枚も持ってきてくれて背中にあててくれる。
 兄が起き上がると、ふらつく体の右と左に娘たちがそれぞれ座り、兄を支えて三人でベッドに座る。
 それがとても悲しくて嬉しくて、娘たちが兄に話しかける。
 みんな顔は涙でくしゃくしゃ。
 それでも前向きな話ばかり。みんな泣き笑いだ。

 反応がにぶくなった兄を、「もう横になろうよ。疲れたよね」と横たえると、もうすでに兄の意識は低下していく。
 母が、今のうちに着せる下着を買うように、とわたしに言う。
 その場に居るのもいたたまれなくて、わたしは母と売店に行った。
 下着のサイズを探していると、旦那から携帯に電話。
 「すぐに戻って」と言う。
 ああ、もう兄は逝ってしまうのか…と、母を先に病室に帰して、わたしは売店で下着を買った。
 急いで個室に戻ると、兄の手をこすって暖めている母しかいなかった。
 ほかの皆は、O先生に呼ばれてナースセンターだという。
 母に言われて、わたしは足をこすって暖める。

 何度もまぶたの上のほうに行ったり来たりをしていた兄の黒目は、ほとんど上がったきりになってしまっていて、思わずわたしは、
 「お兄ちゃん、ここにいるからね!ここにいるからね!」
 と大きな声で叫んでしまった。
 すると、びっくりしたことに、意識がないと思った兄がいきなり
 「はいっ!」
 と、これも大きなはっきりとした声で(かすれていなかったのよね)返事をしたのだ。
 それはまるで、学生が先生に名前を呼ばれたときのような、見事な返事だった。
 結局これが、兄のはっきりとした声を聞いた最後となる。

 4時半になって、義姉たちが病室に戻ってきた。
 場所を明け渡して立ち上がったわたしは、その時がやってきたことを知った。
 何の話をしてたの?と訊いたわたしに旦那がそっと言う。
 「延命処置(人工呼吸器をつけること)は断ってきたよ。少し苦しむっていうから。」

 義姉とふたりの娘が兄を抱きながら、口々に兄に話しかける。
 「お父さん、もっといっぱい帰ってくれば良かったねぇ…ごめんねぇ、なかなか帰ってこられなくて…」
 「お父さん、いっぱい愛してくれてありがとうね、幸せだったよ、お父さんの子どもに生まれて来れて…」
 「お父さーん!置いていかないでよ、一人にしないでぇ~~~」
 「お父さん、MもKも頑張って立派に育てるからね~~~」
 そのうち、兄が何か唇を動かして言葉を発したらしいけど、ほとんど聞き取れなかった。
 「お父さん、ごめんね~~何て言ったかわからなかったよぉ~~~」
 「何て言ったのーーー?」
 「ありがとう、って言ったの?」
 「違うよ、愛してる、って言ったんだよね?お母さんのこと、愛してるって言ったんだよね?」
 「お父さん!わたしも愛してるよ!」

 三人のそれぞれの言葉が胸をいっぱいにして、涙はあふれるがままだったけど、それまで病室で兄と家族の別れを見ていたO先生は、まだ危篤状態が続くのかと思ったのか、それとも自分の診ていた患者が思いのほか早く逝ってしまうので、その別れを見ていられなかったのか、看護師さんに何かをささやいてそっと部屋を出て行ってしまった。
 病室の看護師さんは、モニターの横でわたしと同じように、泣いて泣いて泣いて…

 悲しい別れが続く中、モニターの数値はどんどん小さくなって、ついに0になってしまった。
 そのときO先生が部屋に入ってきたけれど、義姉たちは兄の臨終をしらず、ずっと兄にすがって泣いていた。

 離れない三人を、O先生が黙って見ているので、わたしはMの肩に手を置いて、「先生に診ていただこうか」と声をかけた。
 やっと体を起こした三人は、兄の眼を小さいライトで確認したO先生に、
 「午後4時59分、死亡を確認しました」
 と宣言されると、また新たな涙が溢れ出す。

 医者が泣いていては仕事にならないのだろうけれど、そばでずっと一緒に居てくれた看護師さんの涙といたわりの言葉は、「ご愁傷様でした」のO先生の言葉よりも何倍もわたしたちには心に凍みた。

 兄、54歳。
 2009年12月10日。短くも太い人生を全うした。
 その命日、王子の誕生日と同じ日。
 生涯忘れられない日となった。

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